皆さま、新年明けましておめでとうございます。
いよいよ2019がやってきましたね。
新たなるフェイズというか、来るべき2020、2021に向けた具体的なカウントダウンと準備が始まった気がしています。
今年準備をしっかりすれば、来年再来年でしっかり結実していきそうな予感がひしひしとしています。
今日はそんなタイミングで僕がみた初夢をシェアさせていただきたいと思います。
夢の中で、僕はアジアのどこかの国の僧院の修行僧でした。
修行を重ねて数年経ったであろう春のある日。
僧院のトップである大僧正の留守中に僕が代行としてある女性への供養の祈りを本堂にて捧げているところに、隣国の僧院の使者達が突然訪れるんですね。
彼らはこう言いました。
「このところの貴院の祈りの力は千仏に値する。その祈りの功徳は隣国全てに波及し効果は計りし得ない。有志を募りはるばるお礼に参った次第です。」
そう述べられた後におびただしい金品を奏上されるのですが、修行中の身である僕は返礼の作法も言葉も分からない。
戸惑いの最中、そこにちょうど大僧正が帰院し、返礼の御言を述べて下さりなんとか事無きを得ました。
客人達を失礼無く還した後に奥の間にて従者たちに指示を与えている大僧正の部屋にお礼を伝えに行くと、大僧正は従者達への言葉をさえぎって僕を招き入れてくれました。
「大僧正、今日はありがとうございました。」
と言う僕に対し、
「こちらこ本当にそありがとう。来年は新年の儀式の挨拶もあなたに任せようと思っています。」
と満面の優しい笑みで応えてくれたんですね。
「ちょうどあの貴人への供養の祈りを捧げている最中でした。」
と僕が伝えると、
「そうでしたか。肌は黄色いが瞳の青いあの少女。私たちは心から喪に服さなければなりません。しかし。。いつかきっとどこかにまた転生し出会えるでしょうから。」
と、ここで目が覚めます。
あまりにもリアルな夢。
目が覚めた後も大僧正のピュアな優しい眼差しが頭から離れず、この夢の意味について深く考えざるを得ませんでした。
以下、僕が目が覚めてすぐに書き留めたメモです。
詩のような散文調なので少し読みにくいかもしれませんが、そのまま掲載させて頂きます。
皆さまの2019のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
繰り返す命の営みのなか、我々は一人一人が聖職者となる時代を迎えた。
それは、かつてあまりにも責任の大きい中で苦しみ真理へとたどり着いた覚者のような悲壮感を伴うものではなく、日常の喜びとリアルな幸福感の中にある。
それで良い。
悟りと気付きはもはや日々の営みの中に内在されている、それで良いんだろう。
ただ私たちはそこに感謝し、未来への和と地球との繋がりから生まれる本来の生活を喜びをもって受け入れる。
なんの恐怖も苦しみもなく。
それで良い。
彼らの苦しみと労苦はそれによって十分癒されよう、そして永遠の命の中で私たちは笑顔のなかで再び出会う。
春の花の下、またあなたと。
2019 SUGEE
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