皆さま、こんにちは。
今日は「旅とシャーマン」第3弾として、改めて神の島である沖縄久高島についてお話させて頂きたいと思います。
初めて久高島を訪れたのは2001年でした。
大学で沖縄基地問題を卒論のテーマに選んだ僕は改めて沖縄の精神的ルーツに興味を持ちました。
万国津梁、琉球弧といった言葉があるように、海からアジアを繋げてきた沖縄の素晴らしい文化と精神性は一体どこから来るのか?
そこを探りたくなったんですよね。
そこで琉球文化のルーツが今だ脈々と継承されている久高島の存在を知ったんですね。
今でも年間30回ほどの祭祀が行われていて、女性は全て神人(カミンチュ)という司祭としての資格を有している。
そして最高位のカミンチュはかつてはノロという名前を受け継ぎ、琉球王府の王様も代々その神託を受けに来ていた、と。
彼らは御嶽(うたき)と呼ばれる常に清められた聖地に祈りを捧げ、そこからいつも祭祀がスタートします。
その御嶽も含めて20代の僕には本当にたまらく魅力的な場所に移ったわけです。
行ってまず驚いたのは海の美しさ。
日の出の太陽の神々しさ。
素晴らしい自然の中で、自分の感覚もどんどん研ぎ澄まされていくのを感じました。
もともと久高島は男は腕の良い漁師=ウミンチュとして古来から活躍していたようです。
クリ船1つで台湾や中国、果てはフィリピンまで出掛けて行ったのだとか。
一度漁に出かけると半年ほどは帰ってこないため、女性がカミンチュとして祭祀を司り島を守る伝統が発達してきたのだと言われています。
その久高島を中心とした琉球の信仰として最も象徴的なのが、ニライカナイ信仰です。
ニライ神、つまり竜神ですね。
ニライカナイとは竜宮つまり「あの世」のことです。
人は海の彼方のニライカナイから生まれ、死ぬとニライカナイへ還ると信じられています。
そのあの世とこの世の接合点が、聖地である御嶽なんですよね。
人は生まれる時は御嶽を通してこの世に生を受け、死ぬ時は御嶽を通してあの世に還っていく。
だから常にカミンチュの祈りによって清め綺麗に保っておく。
必然的にスピリチュアリティーが磨かれますよね。
この御嶽への祈りを中心としたコミュニティのあり方が久高の伝統的な和を生み出す秘訣であり、古来からカミンチュたちが守ってきた叡智であると言って良いと思います。
そして地割制と言って、彼らは私有地を一切有しません。
神の土地である島の土地は住民全員の共有地なんですね。
家がある土地の相続権は認められているものの、土地は字久高全体の持ちものであり全ては合議制によって決まるそうです。
つまり外国資本などが入る余地は一切ないというわけです。
カミンチュによる御嶽への祈りを中心としたコミュニティの和と自治的な合議制。
彼らの生活には故郷を綺麗に守る叡智がつまっています。
久高島の存在そのものが平和へのメッセージを有していると言って良いかもしれません。
その久高島で僕は仲間と今年の10月にアジアを海で繋げようという主旨で「ヤポネシア音楽祭」を開催します。
どうぞお楽しみにしていてください!
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